2013年10月31日木曜日

本が生きている図書館:UCバークレーのライブラリーツアー

本ブログのバークレー篇を始めるにあたり,心に決めたことのひとつが,「アメリカの大学ってこんなにすごいんです,進んでいるんです!」といった調子の記事はなるだけ書かないようにしよう,ということだった。

何せアメリカは,世界の覇権国家である。世界中から人材と資源を吸い寄せる仕組みをつくり,さらに同盟国の首脳の電話まで盗聴して,情報を集めまくる国なのである。その国の知識生産システムの最前線にある研究大学が「すごい」のは当然のことだ。社会科学のアメリカナイゼーションの負の側面を棚に上げて,その先進性をほめたたえるようなことはしたくない。と思っていたのだが・・・

やはり,すごいものは,すごい。それが,UCバークレーの図書館を見学して抱いた感想だった。

Doe Libraryの閲覧室の一部。
10月半ば,勤務先の図書館のライブラリアンたちが,米国の図書館サービスの調査のため,UCバークレーに来た。貴重なチャンスなので,同僚たちの図書館視察に同行させてもらった。案内してくださったのは,東南アジア関係の書籍を専門にするバージニアさん。

午前中は,朝9時からのオリエンテーションのあと,大学の中央図書館的な位置づけのDoe/Moffitt LibraryとBancroft Libraryを見学。午後は,部局ごとの図書館の事例として,Thomas J. Long Business Library,Environmental Design Library, Marian Koshland Bioscience&Natural Resources Libraryを視察。その後,2時間の質疑応答の時間をはさんで,East Asian Libraryを見学。まる1日をかけて,UCバークレーの図書館をたっぷり見せていただいたが,これでも全体像のほんの一部に過ぎないのだ。

強く印象に残ったのは以下の点だ。

第1に,図書館の質量両面での充実ぶりだ。電子化とジャーナル中心主義を牽引するアメリカの大学が,書籍の収集・整理に莫大な予算と人材を投入し続けてきたことに驚いた。英語書籍の蔵書の文脈はよく分からないのだが,東アジア図書館の書籍,雑誌,新聞のコレクションは,とにかくすごい(*少なくとも私に判断のつく日・中資料については)。「誰がどうやってこれを集めたのか?」と絶句した。

第2に,図書館が,大学の中核的存在としての位置づけを獲得していることだ。それは,キャンパスの中の図書館の立地にも,図書館を居心地がよく人が集まる空間にするために費やされているふんだんなお金と努力にも,よく現われている。東アジア図書館やビジネススクール図書館では,小さなセミナールーム(*部屋ごとに,寄付者の名前が付けられている)がたくさん設けらていて,ガラスの壁の向こうで,読書会や討論会が行われている様子が見えた。学生の足を図書館に向けさせるきっかけにもなるし,静寂を乱すことなく,人の活気を図書館に呼び込む仕掛けでもある。

第3に,図書館が自らの利用価値や所蔵資料の価値をアピールするため,様々なメッセージを強く発信していることだ。それを象徴するのが,中央図書館でも部局図書館でも充実していた各種の展示だ。

環境デザイン図書館の閲覧室の中央ディスプレイ。

Doe Libraryの廊下の展示。

ライブラリアンがこういった展示を企画し,発信すると,図書館がグンと生き生きしてくる。Bancroft Libraryの一室では漫画や風刺画の特別展をやっていたが,これは毎回,展示内容にあわせて,壁の色から照明までを一から創りなおすという凝りようだ。1年近い準備を行い,大学内外の研究者,ライブラリアン,キュレーター,デザイナーがチームとなってひとつの展示を創りあげるのだという。

Bancroft Library,中は美術館の一室のようだった。
もうひとつ,「これはいい!」と思ったのが,図書館の資料を駆使して優れた論文を書いた学生に図書館が与える賞(library prize)の存在だ。館内の目立つスペースに,受賞者の顔写真,指導教員の名前等が掲示され,閲覧室のなかに,歴代の受賞者の紹介パネルと彼ら,彼女らの図書館に対する感想が掲げられている。毎日これを見ていたら,「私もチャレンジしたい」と思う学生が出てくるだろう。

最新年度の図書館賞の論文のタイトルは「ボンヌ・オ・リュクサンブールの祈祷書フォリオ331Rにみる中世女性の精神性とキリストの傷」(←訳間違えているかも・・・)。本格的だ。

図書館賞受賞者の紹介展示。
第4に,アメリカの大学ではライブラリアンという職業が,複数領域での高度な専門性をもつ職業として確立していることがよく分かった。同僚たちが今回調査に行った他の研究大学では,博士号を持ち,研究者としての著作もあるライブラリアンが少なくないらしい。バージニアさんは,アメリカの大学の地域研究系ライブラリアンには"library science,subject,language"の3つの専門性が不可欠で,大学院教育が欠かせない,と強調していた。

ライブラリアンは,教員と提携して,学生指導にも関わっているようだ。上記図書館賞受賞作品のなかには,教員とライブラリアンの合同授業のなかからうまれた論文もあった。またライブラリアンは,新任の教員が着任すると,研究・授業の両面で必要となる資料について意見交換をするという。

後日,スタンフォードで在外研究中の同僚と一緒に再び東アジア図書館を探検したときに,図書館のあちこちに,ガラスの壁で仕切られた小ぶりのオフィスがあることに気がついた。同僚と「これ,研究者のオフィスだよね」と話していたのだが,あとで,あれはライブラリアンのオフィスであろうことに気がついた。さほど広くはない部屋だけれど,プロフェッショナルの仕事場にふさわしいスペースと集中できる環境が整えられている。内側から図書館の様子もよく見える,工夫されたつくりだ。

というわけで,UCバークレーの図書館は,自分から身を乗り出して利用者にメッセージを発し,「私たちにはこれだけの価値があるのだから,もっと積極的に活用しろ」と働きかけてくる饒舌な図書館だ。それは,寄付金を強く必要とするアメリカの大学の事情や,発信と主張を重んじる社会風土の表れでもあり,日本の図書館にはそれとはまた違う文脈や長所があると思う。

でもこの図書館の「人がたくさん集まってくる感じ」「本が生きている感じ」と,日本の図書館の細やかさ・丁寧さを組み合わせることができたら素敵だろうなぁ。

バージニアさんの説明を聞き,同僚ライブラリアンと感想や意見を話しながら歩き回った一日はあっという間に過ぎてしまった。最後にバージニアさんに,「すごい図書館で,驚きました」という印象を話したら,「図書館をよくするために研究者にできることは本当に多いのです。」「あなたたち研究者は,ライブラリアンたちと図書館について緊密に意見交換をしてくださいね」とハッパをかけられた。

そうだ,私たちユーザーもまた,本が生きている図書館をつくっていく上で大きな役割を担っているのだ。




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